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三浦春馬さんが今後やりたかったこととは?いつも未来を見てた

こんにちは。

今回は、「三浦春馬さんが今後やりたかったこととは?いつも未来を見てた」というテーマについてです。

 

三浦春馬さんはいつも将来を見据え、自分の未来に向かって邁進し夢を語っておられました。

そのような方が、なぜこんなことに。

今回は、三浦春馬さんが今後やりたかったこととは具体的に何だったのか、過去の記事を読んで調べてみましたよ。

過去形になってしまうのが本当に悲しいのですが、こんなにも未来に明るい希望を抱いていらっしゃったということが分かると思います。

三浦春馬さんが今後やりたかったこととは?

ではさっそく、私が調べた範囲内ではありますが、三浦春馬さんが実際にインタビュー等でお話しになっていた、今後やりたかったことを集めてみました。

2018年8月 20'Type

三浦さんは、相手の質問に対して、すごく真摯だ。フィーリングで適当に答えたりはしない。時に宙を見つめたり、腕を組んだり、できるだけ自分の気持ちに正確な言葉を探し当てようとするように、じっくりと時間をかける。

そんな姿に、三浦さんのプロとしての姿勢が透けて見える。

でも一つだけ、瞬時に即答した質問がある。それが、最後の質問。「これからも俳優を続けていきますか」という問いだけには、間髪入れずまっすぐに答えた。

「それは間違いないです。俳優を一生続けていくことは、間違いない

19歳と23歳の頃には、一時俳優を辞めたくなったという三浦春馬さんですが、2018年の時点で自分は一生涯俳優として生きていくということを、力強く語っていますね。

超多忙だったけれども、「俳優」という職業は三浦春馬さんにとって生きがいとも言うべきものだったのでしょう。

2018年9月 Numero

少しでも自分が日本におけるミュージカルシーンを活性化していく一つの大きな歯車になれるように――。

そのためには、もちろんドラマや映画などの映像の現場でも頑張っていかなきゃいけない。

日本ではまだ著名人を観に行くという感覚の割合のほうが高いと思うから。

 

10年後の立ち位置はどこにいたいですか?

10年後も舞台の上に立っていたいミュージカルでやりたい役もいっぱいあるんですよ。例えばジキルとハイド、ジーザス・クライスト・スーパースター、昨年のトニー賞を総なめにしたディア・エヴァン・ハンセンとか――。

日本で再演する時は、絶対にオーディションを受けたい。でも、日本でお客さまを呼ぶにはネームバリューがいつでも必要。

だから、しっかり映像でもいい芝居して――。まだまだ経験的には浅いですし、いろんなジャンルの監督と出会い、学ばせてもらい勉強していきたいです」

春馬さんは、やはり舞台に情熱をかけていらっしゃったのですね。

日本の多くのお客さんに観に来てもらうために、ドラマや映画の映像の仕事も頑張るんだと意気込んでおられました。

今後やりたい役もたくさんあると夢を語っていたのに、残念です。

2018年9月 女性自身

「僕、あと2年で30歳になるんです。ここは分岐点ですね、かなりの。たとえるなら、いまひとまず、とある小さな村に着いて、ここからの長旅に備えてピッケルとかいろいろな道具を一生懸命集めている、そんな状態で。

怠るとひどい目に遭うぞ!という心づもりで挑まないといけないな、と最近つくづく思いますね」

これは「やりたかったこと」というよりは、「これからに備えての気持ち」ですかね。

三浦春馬さんにとっては、30歳というのは色々なことの節目であったように思います。

それは終わりを意味するのではなく、まさに『長旅』が始まる出発日のような感覚でしょうか。

しかし様々な道具があるなかでピッケルの名前を出すとは、それも三浦春馬さんらしいなと思いました。

私は長旅と聞いて、船を造って海に漕ぎ出すぞ!と考えたのですが、春馬さんの場合は「山」や「崖」を登ることを想像していたのかな。

2018年12月4日発売号 関西ウォーカー

もっともっと元気な演劇界につながっていけばいいな。そのひとつの歯車になりたいと思うからこそ、どんどんメディアにも出て、お客様を呼ばないとだから僕は、ドラマにも映画にも出ます。

今、やりたいことや目標がどんどん生まれて来ているので、それに向かってまい進して行きます。

春馬さんは、色々な場所で「舞台にお客様が足を運んでくれるよう、どんどんメディアにも出る」とおっしゃっています。

自分がもっと有名になって人気が出れば、演劇界が活性化するからと。

だから私は、オファーがあれば大手CMにだって出たかったと思っています。

⇒三浦春馬さんのCMが少ないのはなぜ?地上波での露出が減ったワケ

2018年12月4日発売号 関西ウォーカー

大阪で行きたいところは?
以前、大阪で劇団☆新感線の公演を長い期間やらせてもらった時に、ユニバーサルスタジオジャパンに行きました。

それが人生初のユニバーサルスタジオジャパンだったんです。でも、雨が降っていて、「ジョーズ」はサメが出てこないからって、閉鎖されてたんです(笑)。

だから「ジョーズ」は見たいし、どんどん新しくなってるでしょ、ユニバーサルスタジオジャパン。

今度は晴れた日に行きたいです。

雨が降っていてサメが出てこなかったのですね。

このあとは、行く機会があったのでしょうか?忙しかったから実現できなかったかな。

ユニバーサルスタジオジャパン、春馬さんにもジョーズを見せてあげたかったです。

2018年10月/ドラマ『tourist ツーリスト』 女性自身

ドラマにちなみタイの夕景をバックに撮影。プライベートで行きたい国を尋ねると、写真家の星野道夫氏の本が大好きだったそうで、
「死ぬまでに一度はアラスカでオーロラを見てみたいです!」と目を輝かせていた。

多くの国に訪れたことがある三浦春馬さん、アラスカでオーロラを見てみたいと思っていたんですね。

叶えてあげたかったな。

女性自身

「『武蔵』の出演時、海老蔵さんが『NHK紅白歌合戦』の審査員を務めたことで『俳優でも紅白に参加できるんだ!』と三浦さんは感激。
そうして紅白に参加することを俳優としての目標にしていました。

紅白歌合戦で審査員の席に座りたいという夢の話は、けっこう有名でしたよね。

10年くらい前に出演した「メレンゲの気持ち」では、人生の年表で『30歳で大河主演』とも記していました。

30代で、ではなく『30歳で』とはっきり掲げているということは、やはり30歳というのは三浦春馬さんにとって大きなものだったのでしょうね。

2018年 ヤフー記事

「『海外で板の上(舞台)に立ちたい』という目標はあります。渡辺謙さんや大沢たかおさんが新しい挑戦をされて、大舞台に立っている。いつになるか、どんな形になるかは分からないけど、そこを目指して努力することが、自分の人生においてすごく有意義なことだと思うんです」

春馬さんは、やはり世界の舞台に立ちたいと思っていたんですね。

いつだってその準備を怠ることなく、常に自分のコンディションを整えて精進しているような方でしたね。

2019年7月24日 週刊女性

2週間あったら、何がしたい?
海外に行って、サーフィンがしたいですね。長らく、海外でする機会がなくて。いい波でサーフィンしかしない1日を続けたいです(笑)。

ニュージーランドもいいし、オーストラリアも、バリがよかったとも聞きましたし、いろいろな場所に行きたいです。

今年は(仕事で)走り続けるので、来年、2週間サーフィンしに行きます!!」

2020年は、2週間サーフィンしに行くと公言していますね。

2週間休みがもらえる予定はあったのでしょうか?

サーフィン三昧の毎日を送る、、、幸せそうな三浦春馬さんの顔が思い浮かびます。

2019年3月17日

――今まで見てきた景色の中で、「もう一度見たい!」あるいは、「いろんな人にぜひ見てもらいたい!」と思う景色はどこですか?
三浦:うーん、どこだろう? あ、世界のおへそと呼ばれるオーストラリアのウルル(エアーズ・ロック)! 僕は昼間しか行ったことがないんですけど、聞いたところによると、星空がものすごく綺麗らしいんですよ。
昼でも絶景なのに、夜になったらどんなふうになるのか。あの巨大空間に包まれて、
ゆったりと時の流れを感じるのはすごく贅沢だと思う。想像するだけでもワクワクします。

2019年 アイネクライネナハトムジークの頃

僕は以前から、モノがつなげてくれる出会いや絆のストーリーが好きだったんですが、モノとの出会いはまさに新しい自分との出会いなんだと実感させられます。

番組(せかほし)はスタートしてまだ2年目ですが、できれば3年、4年と長く続けていきたい。

そして、僕も一緒に成長していけたらと思っています。

2018年から始まった「せかほし」ですが、できれば3年4年と長く続けていきたいとおっしゃっていますね。

せかほしでの三浦春馬さんは本当にリラックスしていて楽しそうで、それがオーラにも表れていました。

渋みが増していく三浦春馬さんのMCを、この先も見てみたかったです。

 

—『アイネクライネナハトムジーク』は「10年」という時間を描いていますが、10年後の三浦さんは、どんな存在でありたいですか?

10年後って、40歳目前ですよね。自分がそうしてもらったように、後輩に何かを引き継いでいきたいです。僕自身が先輩から教わったこと、メソッドや考え方、僕が伝えられることの中に後輩にとって必要なものがあれば受け取ってほしいし、そういうことができる自分でいたいと思います。俳優として、そうやって仕事をしていきたいですね。

いつかは後輩に、演技指導ができる立場になりたいとおっしゃっていましたね。

いつでも後輩思いの、優しい三浦春馬さんでした。

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三浦春馬さんはいつも未来を見てた

どのインタビュー記事を読んでも、三浦春馬さんは常に未来に思いを馳せ、ワクワクと夢を語られていました。

30代は、迷っている暇はないともおっしゃっていましたね。

そこまで前向きで、自分の将来に対して楽しみを覚えていたような方が、なぜこんなことになってしまったのか。

真実は三浦春馬さんにしか分からないと言っても、あまりにもむごすぎます。

本当に残念としか言いようがありません。

「でも、ひとまず30代も楽しみな仕事は待っているし、そこに向けてやっていきたい」

最後に。どうあることが今一番心地いいですか?
「自由でいたい。本当に自由人なんです」

⇒三浦春馬氏は本当に自ら命を絶ったのか?過去の記事内容で解ったこと

⇒三浦春馬さんHuluドラマの予定あった!カネ恋以降地上波の仕事は

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投稿者プロフィール

ベビーカステラ
元看護師です。
現在は在宅ワークにて、過酷な看護師生活に終止符を打ちました。
世の中のなぜなに?や、ホットな耳より情報をお届けしています。

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